東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6619号 判決 1969年1月14日
原告 光商工株式会社
被告 南勇機械工業株式会社 外一名
主文
一、被告南勇機械工業株式会社は原告に対し、金三、四五二、三四五円およびこれに対する昭和四二年七月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金額を支払え。
二、被告南勇三郎に対する請求はいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、原告と被告南勇機械工業株式会社との間においては原告に生じた費用の二分の一を被告南勇機械工業株式会社の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告南勇三郎との間においては全部原告の負担とする。
四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。ただし被告南勇機械工業株式会社において金一、〇〇〇、〇〇〇円の担保を立てるときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(原告)
被告両名は原告に対し、各自金三、四五二、三四五円およびこれに対する昭和四二年七月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決の第一項は仮りに執行することができる。
(被告両名)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
(原告の請求原因)
一、被告南勇機械工業株式会社(以下被告会社という)は、ボールト製造用機械等の製造販売業者であり、被告南勇三郎は元同社の代表取締役で現在は相談役の地位にある。
そして原告会社は工作機械等の販売業者である。
二、1、昭和四一年五月頃、当時被告会社の使用人で営業部長であつた訴外樋口貞雄は、訴外日産工業株式会社(以下、日産工業という)代表取締役今村大作、同専務取締役日根直人と共謀し、原告会社本店において原告会社機械営業部長須田英一郎に対し「日産工業が被告会社製作のコールドダブルヘツダー二台を欲しがつているが、被告会社としては日産工業の望むような割賦販売には応じかねるのでこれを原告会社が買取り、日産工業に月賦販売の形式で転売したら良いだろう。なお右機械は被告会社工場から日産工業の工場に直接運び、そこで引渡しをする。日産工業については信用調査もしてあるから。」と虚偽の事実を申し出、原告会社をして、真実、被告会社が右機械二台を原告会社に売り渡し、これを日産工業の工場において引渡す意思があるものと誤信させた。
2、そこで原告会社は右樋口の申し出で通りに商談を進め、昭和四一年五月二四日原告を売主、日産工業を買主として、右機械二台の割賦販売契約を締結した。
3、その後樋口は、右機械を引渡すと称して、約定の場所で原告会社の担当職員に、一台は据え付けを了え他の一台は据え付け作業中のコールドダブルヘツダー二台を示して、「これが約定の機械であるから確かに引き渡しました。」と申し述べた。
これを信じた原告は、右買受代金の支払のため被告会社に宛て次の三通の約束手形を振出し、各振出日に樋口に交付した。
(一) 額面五〇〇万円、振出日昭和四一年六月七日、振出地および支払地東京都中央区、支払期日同年一一月二〇日、支払場所株式会社三井銀行銀座支店、受取人被告会社、
(二) 額面二〇〇万円、振出日同年七月四日、支払期日同年一二月二〇日、その他の要件は(一)に同じ、
(三) 額面一〇〇万円、その他の要件は(二)に同じ、
4、ところが樋口が示した右機械二台は、被告会社から日産工業に所有権留保のまゝ引渡されていた全く別の機械であり、原告会社は右支払代金に対応するコールドダブルヘツダー二台の引渡を受けておらず、けつきよく架空の機械のため買受代金の名目で原告は右各手形を騙取されたものである。
5、原告は前記約束手形のうち、金五〇〇万円についてはその支払期日に、他の金二〇〇万円および一〇〇万円については、その支払期日後に、うち金三万円の債務免除を得て、合計七九七万円を第三者たる各手形の所持人に支払うことを余儀なくされ、同額の損害を蒙つたが、その後共同不法行為者である日産工業および今村大作から計金四、五一七、六五五円の損害賠償を受けた。したがつてその差額金三、四五二、三四五円の損害が未だ補填を受けないで残つている。
三、樋口の右行為は、被告会社の営業部長という資格においてなされたものであり、そうでないとすれば、被告会社は原告会社に樋口を営業部長として紹介したことによつて自ら営業面の最高責任者であると誤信させたものであり、いずれにせよ樋口は被告会社の被用者としてその業務の執行につき原告に損害を加えたことになる。したがつて被告会社は樋口の使用者として原告の蒙つた本件損害を賠償すべき義務がある。
四、また被告南は当時、被告会社の代表取締役として被告会社の事業を監督し、樋口を選任、監督し、ことに、原告会社に対しては、樋口を被告会社の営業面の最高責任者として紹介し、樋口を東京に駐在させるに至るまでに、積極的に樋口の信用を植えつける態度をとつていたものである。したがつて被告南は被告会社の代理監督者として原告に対し本件損害を賠償すべき義務がある。
五、よつて原告は被告ら各自に対し、金三、四五二、三四五円およびこれに対する不法行為後の昭和四二年七月六日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの認否)
一、請求原因第一項、第二項5のうち日産工業および今村大作から合計四、五一七、六五五円の損害の補填を受けた事実および第四項のうち被告南が、当時、被告会社の代表取締役であった事実はいずれも認める、第二項1のうち樋口がもと被告会社の使用人であつたことは認めるが、昭和四一年五月当時も被告会社の使用人であり、営業部長の地位にあつて原告会社から手形の騙取を共謀したとの事実、第三項の事実、第四項のうち被告南が代表取締役であつた点を除くその余の事実はいずれも否認し、その余の請求原因事実は不知。
二、すなわち、原告が蒙つた本件損害は日産工業、今村大作、日根直人の共同不法行為によるものであつて、樋口には同不法行為についての認識もなければ、自身の所為について過失もなかつた。樋口としては、今村大作が阪本紡績株式会社社長の義弟であり、日根直人が地元の名家の出で、一族には大阪府会議員もいるところから、両名を信じ、かつ今村の資産も多いところから、日産工業が原告会社に対して振出した手形が不渡になるとは予想もせず、両名の命ずるままに行動していたもので、いわば両名の完全な支配下にあつた。したがつて、樋口には原告会社に損害を与えるような不法行為をしているとの認識もなければ、その予見可能性もなく、また樋口の行為は被告会社の業務執行の範囲を離れ、今村および日根の支配下で行動していたことになり、被告らが原告に対し損害賠償責任を負担すべき理由は全く存在しない。また被告南は永年にわたり病身で、被告会社の経営にはほとんど関与しておらず、なんら監督者としての責任を負うべき筋合はない。
(被告らの抗弁)
一、使用者の地位の消滅
被告会社は昭和四一年一月頃樋口に対し再三再四解雇の意思表示をし、樋口もこれを承諾し、被告会社には出勤しなくなつた。もつとも、樋口の出勤先が被告会社の大阪出張所と同一であり、被告南と樋口の母とは知り合いでもあつたので、その後しばらくは従前の給与相当額を生活費として樋口に支給していたが、すでに雇傭関係は終了しており、被告会社は樋口の使用者ではなくなり、樋口は被告会社の業務にも従事しなくなつた。したがつて被告らに使用者責任ないし代理監督者責任はない。
二、損害賠償債権の消滅
原告会社は、昭和四一年八月二六日今村大作および日産工業との間で、原告会社は今後被告会社に対し一切の迷惑をかけないことを約して今村大作個人の所有財産を本件損害の賠償として受領したから、これによつて被告等に対する損害賠償請求権は消滅した。
1、すなわち、同日原告と日産工業との間で、右両者間に昭和四一年五月二四日締結された本件機械割賦販売契約を解除し、日産工業は原告に対し填補賠償金八、三二二、四八〇円の支払義務のあることを認め、同債務をもつて新に原告を貸主、日産工業を借主とする消費貸借の目的となすことを約した。そして今村大作および日根直人は右契約上の日産工業の債務につき連帯保証をなし、合わせて今村はその所有にかゝる京都市伏見区羽束師菱川町七一〇番地宅地一、〇五一・二三平方メートルに原告会社のため第二順位の抵当権を設定した。
2、この契約は原告が今村、日根に対し被告等の責任を追及しないことを約して成立したものである。従つて、
(一) 原告は右契約に際し、被告等に対する損害賠償請求権を放棄する意思表示をしたものと言うべきである。
(二) そうでないとすれば、原告が日産工業に対し、被告等の原告に対する損害賠償債務を免除することを約する契約を内包した第三者たる被告等のためにする契約であるから、被告らは昭和四三年九月一三日の口頭弁論期日に於て原告に対し受益の意思表示をした。
三、過失相殺
原告会社は機械類の購入販売業者として、本件機械の引渡場所として約定されたという日産工業の工場において、目的物件であると示された二台のコールドダブルヘツダーについて検収、試運転の機会があつたにもかかわらず、これを怠つたか、または検収等を全くなさず、そのため示された機械が原告が買い受ける約束であつた機械と異るものであることを発見し得たのに、右取引上の注意義務を怠つて、目的物件を誤認し、代金の支払として手形を振り出し、本件損害を蒙つたものである。ことに原告会社の担当職員細矢郁雄は樋口と前後七回にわたつて酒食を共にし、取引開始の当初に一度だけ日産工業の工場に行つて見たが、機械納入という時には工場へは行つておらず、機械を確認することを怠つたうえ、原告会社振出の五〇〇万円の約束手形を日産工業の本社事務所(守口市所在)で交付する際、これが樋口ではなく今村によつて領得されるのを眼の前にしながら、事態の異常さを看過し、本件損害の発生を招いたものである。これらの過失は重大であり、かかる原告側の過失がなければ、本件損害は発生し得なかつたものであるから、これを斟酌すれば、原告会社の損害賠償債権は全部消滅すべきものである。
(原告の認否)
抗弁のうち一の事実は否認し、同二、三の各事実は争う。
原告会社は割賦販売形式による取引を実現するために本件取引に加わつたもので、コールドダブルヘツダーについては技術的知識があるわけでなく、しかも、日産工業と被告会社は互に懇意で、相互に信用し合つている間柄で、代金支払方法の点を除けば売買はほぼまとまつているだけという特殊な事情があつたので、検収、試運転等による機械の確認を省略したこともなんら責められるべき過失ではない。原告会社の細矢郁雄が社会通念上の儀礼的接待を越えて酒食の饗応を受けた事実はない。
第三、証拠<省略>
理由
一、原告会社、被告会社の事業目的及び被告南勇三郎の被告会社に於ける地位が請求原因一のとおりであることは当事者間に争いがない。
そして樋口の被告会社における地位が営業部長であつたかどうかの点を除き、請求原因二1ないし4の事実は、成立に争いがない甲第四号証、証人今村大作、同樋口貞雄(以上、いずれもその一部)同竹田博行、同細矢郁雄の各証言および上掲各証言により真正に成立したと認められる甲第一ないし第三号証、第五、六号証、第一二ないし第一四号証、樋口貞雄が偽造したものと認められる第七、八号証、ならびに証人須田英一郎の証言によつてこれを認めることができる。
すなわち、被告会社の使用人で、機械の販売を担当し、原告会社との取引にも従事したことのある樋口は、日産工業の代表者である今村大作、同専務取締役日根直人から話を持ちかけられ、三者で共謀して、架空のコールドダブルヘツダー二台を被告会社が原告会社に売り渡し、これを日産工業が原告会社から代金を割賦払で買い受けるもののように偽り、原告会社の機械営業部長須田英一郎ほか原告会社の右取引担当職員を欺き、原告会社と日産工業との間に、割賦販売契約(売主原告会社)を締結せしめ、他方、原告会社を買主、被告会社を売主とする機械売買契約の成立を装い、真実、被告会社が右機械二台を原告会社に売り渡す約束をしたものと原告会社を誤信させ、原告会社より請求原因二3記載の約束手形三通のうち先ず(一)の手形を振出させ、被告会社の右取引担当者(代理人)の資格を装つて、樋口がこれを受領した。その余の二通の手形は日産工業の社員である松本孝をして被告会社の社員を装わしめ、樋口から原告会社に対し、松本孝に手渡してもらいたい旨を申し入れて入手し、けつきよく、三通の約束手形は今村大作を経て第三者が取得し、そのため原告会社は各手形の所持人に対し合計金七九七万円の支払を余儀なくさせられた。との事実が認められる。したがつて樋口らの右欺罔行為に因つて原告会社は少くとも右支払金額と同額の損害を蒙ったものであることは明らかである。しかし、原告会社がその後において請求原因二5のとおり合計金四、五一七、六五五円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがない事実であるから、けつきよく原告会社の損害として現存する額は差引金三、四五二、三四五円であることは計算上明白である。
証人樋口良雄、同今村大作の各証言のうち、樋口が右認定のような欺罔行為をなすに際し、これによつて原告に損害を及ぼすことまでは予見せず、また予見することは不可能な事情にあつたかの如き供述はたやすく信用できず、他に右認定を動かすだけの証拠はない。
二、樋口がかつて被告会社の使用人であつた事実は当事者間に争いがないところ、被告らは、昭和四一年一月頃、樋口を解雇したから、以後、被告会社は樋口の使用者でなくなつたとし、被告会社の業務の範囲内で行動してもいないと主張する。そして、被告会社代表者牧野佐吉および被告南勇三郎各尋問の結果中には、昭和四一年一月頃被告会社の常務取締役牧野佐吉は樋口に対し再三解雇を通告し以後、樋口は出社もしなくなつたとの供述部分がある。しかし、被告会社が昭和四一年一月以降もしばらくは樋口に従前と同額の金員を毎月支給していたことは被告らの自認するところであり、被告会社代表者尋問の結果によれば、右金員の支給は同年六月分まで継続していたこと、被告会社が樋口の詐欺行為を知つたのは同年七月頃であることは明らかである。証人高橋弘、同須田英一郎、同樋口貞雄の各証言および各証言によつて真正に成立したことが認められる甲第九号証、第一一号証前顕甲第一二号証ならびに被告会社代表者尋問の結果の一部によれば同年一月頃被告会社の当時の社長である被告南は、原告会社の高橋、須田に対し樋口を被告会社の営業の責任者と紹介したこと、被告会社の機構上では営業部長という地位は設けられていなかつたけれども、樋口は自分の名刺の肩書に取締役営業部長と刷り込み、須田らにもこの名刺を渡し、営業部長と名乗つたこと、当時の被告会社の常務取締役で、病気勝ちの被告南に代つて会社運営の中心であつた牧野佐吉も、樋口がこのような肩書の名刺を使用していることは知っていたが、差止もせず、かといつて許諾を与えもしなかったこと、右の四一年一月の会合を契機として、原告会社は被告会社製作機械類の東京地区での販売を担当することになり、その援助のため、被告会社は樋口を担当職員に指名し、原告会社は樋口に机を提供し、樋口は長期出張の形式で、しばしば上京していたにもかかわらず昭和四一年七月の約束手形交付時まで、被告会社から原告会社に対しては、なんら樋口を解雇した旨の通知がなかったことが認定できる。これらの事実に照らせば、前掲牧野佐吉、南勇三郎の各供述は信用できず、他に被告ら主張の解雇の事実を認めるに足る証拠はない。してみると、樋口は被告会社の使用人であり、正式には営業部長の地位になかつたけれども、そのように名乗ることを禁止もされず、本件欺罔行為をなすに際しては、このような地位を利用し、かつ、被告会社製の機械販売について原告会社を援助するため派遣された立場を利用し、原告会社を欺いたものというべく、当時、被告会社と樋口との間には使用、被用の関係が存続していたことは否定の余地がない。
三、被告らは、樋口の所為は被告会社の事業の執行について為されたものでないと争うけれども、右に認定した樋口の被告会社における地位および原被告会社間の取引において本来遂行すべき職務から見れば樋口の所為は、被告会社の被用者としての職責の範囲内にある、同社製機械の売買を装い、その代金名義で約束手形を被告会社の名前で詐取したものである以上、その外形において明らかに、被告会社の業務の執行についてなされたものと認められる。すでに排斥した供述部分を除き、他にこの認定を左右する証拠はない。
四、そこで被告らの主張する過失相殺について判断する。
証人平谷正、同樋口貞雄、同細矢郁雄、同竹田博行、同今村大作の各証言(いずれもその一部)および被告会社代表者尋問の結果および前顕甲第五号証、第一四号証を総合すると
1、原告会社は、本件詐欺にかかる以前に、やはり樋口の斡旋で、被告会社製コールドダブルヘツダーを訴外東海金属株式会社に販売、納入したことがあるが、このときは、検収、試運転の立会のため、原告会社本社および出張所から試運転当日もしくは、試運転に立会えないときは、その直後に、係員を派遣し被告会社から買い受け、右訴外会社に転売した物件の確認、検査を行った。
2、日産工業は、本件欺罔行為前に四台のコールドダブルヘツダーを購入しており、うち二台は被告会社製の機械であるが、いずれの場合も、検収が行われるのが通例であつたし、一般に、特別な事情でもない限り、検収は省略されないのが、この種機械の取引の通念でもある。
3、本件の場合にも、原告会社は細矢郁雄を派遣して事前に日産工業の工場を見聞させ、さらに機械引取の当日は検収のため再び細矢を日産工業に出張させたが、同人は本件取引のため原告会社が被告会社から購入する筈の機械が日産工業の工場に搬入されていない事実を発見できなかった。
4、しかし、被告会社製作のコールドダブルヘツダーには、製作会社名のほか機械番号を刻したプレートが貼付されてあり、この機械番号は、機械に保険を附する場合や、所有権を留保して売買する場合、さらにはメーカーのアフターサービスを受ける場合に、当該機械を識別するため取引上重要な役割を果すもので、原告会社と日産工業との間で交わされた注文書、所有権留保約款付の機械販売契約書でも「NH16150」と表示されていた。
との事実を認めることができる。ところで本件検収の実情について証人細矢郁雄は、日産工業の工場で、新品の機械一台は現認したけれども、一台は一週間位後に納入するとの樋口の言なので、これについては物品受領書用紙を日産工業に交付し、被告会社から入荷があり次第、捺印のうえ原告会社に送付してもらうことにし、割賦販売契約を締結したと供述するけれども、証人今村大作、同樋口貞雄は、細矢は検収のために来たけれども、機械を据え付けるべき工場(布施市)には行っておらず、日産工業の本社(守口市)で契約を締結して帰京したと供述し、また、日産工業が原告会社に送付した右物品受領書はコールドダブルヘツダー「二台」の受領書であって、細矢証人の言う未確認の一台分のみの受領書ではない。のみならず、前記2のとおり、日産工業には被告会社製の別のコールドダブルヘツダー二台が存在していたから、これと誤認したとすれば一台は未到着という樋口の言を信じたのが不合理となり、また現認した機械が新品であったとの証言部分もにわかに信用できない。したがつて、右細矢郁雄の検収に関する証言のみをもつてしては、未だ原告会社が現実に機械を確認して検収をなしたことを認めるに足りないところ、他に、このように機械を確認した事実を認めるに足る証拠はない。(仮りに細矢郁雄が機械の一台を現認したとすれば、少くとも目的物件の同一性を確認するため機械番号を調査すべきが当然の注意義務に属するところ、かかる確認をなした形跡は全く窺い得ない。)
そして、商人間の売買においては目的物の検査通知義務が買主に負わされていること(商法五二六条一項)の立法趣旨を合わせ考えれば、右検収の過怠は買主たる原告会社が取引の通念として必要な注意義務を尽さなかつた過失というべきであり、この過失によつて、原告会社は契約の目的となつた機械の引渡がないのに気付かず、代金の支払として約束手形を振出し、損害を蒙るに至つたものであるから、被告会社の損害賠償の額を定めるについてこれを被害者の過失として考慮するのが相当である。
原告は斟酌すべき過失に該当しないと争うけれども、機械が入荷早々の新品であるかどうかといつた事柄を判断するに当つては、コールドダブルヘツダーの如き大型機械であればとくに、通常人の知識と経験をもつてすれば十分であり、まして原告会社は機械の販売を業とする者であるから、この点についての確認をせず、もしくは判断を誤り、加えて機械番号も調査しなかつたことは、前示のとおり、取引上の注意義務を尽さなかつたものと評せられても已むを得ないものと言うべきである。もつとも、樋口貞雄の損害賠償責任を確定するに当つては、同人が故意に加害行為に出でた点を考慮して、衡平上、被害者である原告会社の右過失は、斟酌しないのが相当であるけれども、樋口の使用者である被告会社の責任の範囲を定めるに当つては、原告会社の過失を斟酌できるものと解し、かつ、これを斟酌するのが妥当である。けだし、使用者の責任は、被用者の不法行為に基づくものではあるけれども、被用者の損害賠償債務の引受によつて債務を負担するわけではないから、金額において、常に同一でなければならないものではない。そして、過失相殺の意義は損害の公平な負担にあるから、被用者の責任については、過失相殺を容れるべきではないとしても使用者の責任についてまで過失相殺の主張が封ぜられるべき筋合にあるとは考えられない。むしろ、損害の負担の面では、使用者は加害者たる被用者とは別個に賠償義務を負う人格であるから、過失相殺の要否についても被用者の場合とは別個にこれを考慮するのが、より良く民法七二二条二項の法意に適うところと解されるからである。そうすると、本件にあつては、前記一で認定したとおり日産工業の今村大作、日根直人が主謀者となり、樋口貞雄を誘い込んで仕組まれた詐欺であるところ、その利得はすべて日産工業に帰し、被告会社は使用者責任を問われる点で、むしろ被害者であること、および原告は、日産工業今村大作日根直人および樋口貞雄に対しては、損害の全額について賠償請求権を有しており、すでにその半分以上が補填されていることを考慮すれば原告会社と被告会社との関係においては、原告会社にその損害の一半を負担せしめるのが公平に適うと考えられる。そして、右過失相殺の程度は、原告の前示過失の態様およびこれが損害の発生に関与した度合ならびに樋口らの欺罔行為を許した被告会社の監督の不十分さなどを考慮して、当初損害額の約二割に相当する金一六〇万円を減じるのを相当とする。
右過失相殺の結果、被告会社が負担する損害賠償債務額六三七万円と今村、樋口らがそれぞれ負担する損害賠償債務七九七万円とは目的を単一にするいわゆる不真正連帯債務の関係にあるところ、今村らにおいて自己の損害賠償債務の一部履行として四、五一七、六五五円の弁済をなしたことは前示のとおりであるから、これによつて、被告会社の右債務は今村らの残債務額と同額の三、四七二、三四五円に減じたものと解すべきである。すなわち、今村らの損害賠償債務は当初七九七万円であつたところ、その一部弁済によつて残債務は三、四七二、三四五円に減じたものであるが、立場を変えて言えば原告の損害賠償債権は右三、四七二、三四五円の限度では未だ満足を得られず、残存しているものである。したがつて、不法行為者の各自に全額の損害賠償義務を負わしめ、いわゆる不真正連帯債務関係を生ぜしめ、被害者の損害の補填に確実を期そうとする法意に鑑みれば、あたかも債務額を異にする連帯債務者の一人の一部弁済や、一部保証の場合の一部弁済におけると同じく、本件において、今村らの右一部弁済によつて被告会社が免責される額は、原告会社の各債務者に対する全債権が目的を達し連帯債務を存続せしめる必要がなくなつた限度と解すべく、そうであれば、被告会社の連帯債務残額は六三七万円から四、五一七、六五五円を控除した残額ではなく、前示のとおり、三、四七二、三四五円と認めるべきものである。
右に認定した過失相殺の額を越える額をもつて相当とすべき事情を認めさせるだけの証拠はない。
五、被告会社は抗弁二として、損害賠償債権の放棄ないし第三者のためにする債務免除契約の成立を主張するところ、成立に争いない乙第一号証および証人今村大作の証言によれば、抗弁二1のとおり原告会社と日産工業との間に準消費貸借契約が締結され、今村大作、日根直人が連帯保証をなし、今村は物上保証人ともなつた事実は認められる。しかし、被告会社が主張するような損害賠償請求権の放棄ないし賠償債務の免除の事実は証人今村大作の証言および被告会社代表者尋問の結果によつてもこれをたやすく認めることはできないところ、他に右事実を認めさせるに足る証拠はない。
したがつて、右抗弁はその余の点につき判断するまでもなく採用できない。なお、原告会社と日産工業との間の右準消費貸借契約締結もそれだけでは不真正連帯債務者である被告会社の本件損害賠償債務に消長を及ぼすものではない。
六、被告南が本件不法行為発生当時被告会社の代表取締役であつたことは当事者間に争いがないところ、原告は被告南に代理監督者としての責任を訴求する。しかし、被告会社代表者牧野佐吉および被告南勇三郎各尋問の結果によれば、被告南は昭和四一年四月当時満六九歳の老令で、神経痛を患い、視力も弱く、被告会社運営の実権は常務取締役であつた牧野佐吉に委ね、会社事務所へも散歩をかねて立寄ることがあつた程度で、常時出社はしておらず、もちろん人事管理なども実際は牧野佐吉が掌握していた事実を認めることができる。右認定を覆えし、被告南が実質的に代理監督者の地位にあつたことを認めるに足る証拠はない。したがつて、被告南は、被告会社の代表取締役ではあつたけれども、代理監督者としての実体はなく、むしろ牧野佐吉が代理監督者の地位にあつたものと認められるから、被告南に対する請求は失当である。
七、以上説示のとおりであるから、原告の被告会社に対する請求は、前記四で認めた限度で理由があるものとして認容し、被告南に対する請求の全部はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山本和敏)